林 銑十郎 1876 − 1943
[ はやし・せんじゅうろう ]
首相、陸相、陸軍大将、「越境将軍」
エピソード 1満州事変のとき、無断で朝鮮軍を動かし「越境将軍」を異名をとった。
その“従順ぶり”を、ロボット首相を望む石原莞爾に見込まれ首相に。
「祭政一致」という意味不明なスローガンに掲げ、首相在任わずか4か月、 食い逃げ解散で総スカンを食い総辞職。
「何にもせん十郎」は当時流行語になった。いやはや何と言ったらいいか。
語録
何もかも、君のいうた通りになってしまった。何とも申しわけがない。
評
陸軍大臣林銑十郎大将は風采に似合わぬ凡庸の最たるものである。
大蔵栄一 (元陸軍大尉)
引用林は謹厳実直な人柄で、天皇家には忠誠無比、聖徳太子の十七条憲法を、日本民族最大の遺産、として信奉する人物である。
教育者としてはどうかも知れないが、非常時の宰相としてはあまりにもリアリティを欠いていたようである。
西園寺もこの総理の観念主義には批判する言葉もなく、「ちと古すぎるようですなあ」と興津で眉をひそめていた。
豊田穣 「西園寺公望(下)」
P.318この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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