広瀬 武夫
1868 − 1904
[ ひろせ・たけお ]
戦艦「朝日」水雷長、ロシア駐在武官、海軍中佐(死後)、「軍神」
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エピソード 1調査中。
・ 大分県出身。海兵15期卒業。
・ ロシア留学後、ロシア駐在武官。帰国後、戦艦「朝日」水雷長。日露戦争を迎える。
・ 旅順口閉塞作戦@に志願し参加。閉塞作戦Aでも福井丸を指揮。
・ 退船直前、杉野孫七上等兵曹の不在に気づき、船内を捜索。
・ 福井丸の沈没直前、杉野を見つけられぬまま、左舷のボートに乗り移るも、直後に被弾、戦死。
・ この戦死が海軍省によって美談として伝えられ、陸の橘中佐とともに「軍神」と讃えられる。
1894/08/01   清国に宣戦布告 (日清戦争勃発)
1903/12/28   連合艦隊編成 (司令長官:東郷平八郎
1904/02/06   連合艦隊、佐世保出航
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
1904/02/24   旅順口閉塞作戦@
1904/03/27   旅順口閉塞作戦A
1904/03/29   海軍省、旅順口閉塞作戦Aを詳報 (広瀬中佐の美談)
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。