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・ 岩手県出身。本名一(はじめ)。 |
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・ 父が渋民村の宝徳寺住職になり、一家はこの村に移住。 |
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・ 渋民尋常小学校卒業後、盛岡高等小学校に進み、盛岡尋常中学校に入学。 |
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・ 文学と恋愛に熱中して学業を怠り、カンニング事件を起こし退学。 |
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・ 上京したが就職できず、翌年帰郷して禅房に病苦と失意の時を過ごす。 |
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・ その後、与謝野鉄幹の知遇を得て「明星」誌上で活躍、処女詩集「あこがれ」を刊行。 |
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・ 父が住職を罷免されたため一家は盛岡に移り、堀合節子と結婚。 |
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・ 生活に行き詰まり渋民村に帰り、母校の代用教員。 |
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・ 勤務のかたわら「雲は天才である」「面影」「葬列」を書く。 |
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・ 北海道に移住後、上京して創作に没頭、ようやく東京朝日新聞社の校正係の定職を得る。 |
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・ 「朝日歌壇」の選者となるや、処女歌集「一握の砂」を刊行して注目を浴びる。 |
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・ 大逆事件に衝撃を受けて社会主義思想に接近。 |
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・ 肺結核で病没。27歳の若さだった。 |