石橋 湛山
1884 − 1973
[ いしばし・たんざん ]
首相、蔵相、通産省、東洋経済新報社記者・編集局長・社長、自民党総裁
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エピソード 1調査中。
・ 東京出身。早大文学部哲学科を卒業後、東洋経済新報社に入社、編集局長を経て社長。
・ 東洋経済新報社の編集方針に従い、政府の軍国主義政策に反対する。
・ 戦後、自由党に入党、総選挙に出馬するも落選。
・ 吉田内閣@の蔵相に就任し、積極財政によってインフレ政策を推進。
・ 衆院選で当選するも公職追放に遭う。
・ 追放解除後、自由党に復帰。反吉田の新党運動を起こし除名され、日本民主党結成に参画。
・ 吉田退陣後、鳩山内閣で通産相。
・ 保守合同後、石橋内閣を組閣するも、肺炎のため総辞職。
・ その後、日ソ協会会長に就任するなど共産主義諸国との交流促進に活躍。
1931/09/18   柳条湖事件 (満州事変勃発)
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
1940/09/27   日独伊三国軍事同盟調印
1941/04/13   日ソ中立条約調印
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1945/08/15   玉音放送 (終戦の詔勅)
1945/09/02   降伏文書調印 (全権:重光葵梅津美治郎/第二次世界大戦終結)
1946/05/22   吉田内閣@成立 (首相:吉田茂
1946/10/08   復興金融金庫法公布
1946/11/03   日本国憲法公布
1946/12/27   閣議、傾斜生産方式を決定
1947/01/31   吉田内閣@改造
1947/01/31   マッカーサー、「2・1ゼネスト」中止を命令
1947/04/25   総選挙[23] (社会143、自由131、民主124、国協31)
1947/05/20   吉田内閣@総辞職
1950/06/25   朝鮮戦争勃発
語録 戦争に対する我が国民の認識は、日露戦争時代の儘に止った。 彼等は只だ当局を信頼し、其の為す所に委せて置けば、やがて日本海の敵艦隊殲滅戦は再現し、 大東亜戦争は容易に我が大勝利の下に終局するものと、容易に考えた。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。