清浦 奎吾
1850 − 1942
[ きようら・けいご ]
首相、法相、農商務相、枢密院議長
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エピソード 1調査中。
・ 熊本県出身。僧侶の家に生まれる。埼玉県の小学校長、県吏員を経て司法省入省。
・ 内務省大書記官、警保局長、司法次官などを歴任。
・ 山県系官僚政治家の中心人物として、松方内閣A、山県内閣A、桂内閣@に入閣。
・ 枢密院議長のとき、組閣の大命を受けるも、海軍の反対に遭い、断念。
・ 2度目の大命拝受で貴族院を背景に組閣するも、護憲運動Aで短命に終わる。
1901/06/02   桂内閣@成立 (首相:桂太郎
1902/01/30   日英同盟@調印
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
1905/12/21   桂内閣@総辞職
1912/07/29   明治天皇崩御
1914/03/31   清浦圭吾に組閣命令 (04/07 辞退)
1914/07/28   オーストリア、セルビアに宣戦布告 (第一次世界大戦勃発)
1919/06/28   ベルサイユ条約調印 (北京政府、調印拒否)
1923/09/01   関東大震災
1924/01/07   清浦内閣成立 (首相:清浦奎吾
1924/01/10   護憲運動A開始
1924/06/07   清浦内閣総辞職
1931/09/18   柳条湖事件 (満州事変勃発)
1936/02/26   二・二六事件
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
1940/09/27   日独伊三国軍事同盟調印
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1942/11/05   清浦奎吾
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
「清浦圭吾」は表記に誤りがあります。