古賀 峯一
1885 − 1944
[ こが・みねいち ]
連合艦隊司令長官、元帥海軍大将(死後)
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エピソード 1海兵同期で親友の山本五十六海軍甲事件で戦死すると、 そのあとを受けて連合艦隊司令長官に。人間には、努力ではどうにもならない運というものがやはりあるのだろう。 山本の生き方、死に方が華々しかったのに比べて、生き方はともかく、古賀の死に方はどうみてもしょぼいもの。 連合軍の大空襲に受けてパラオから逃げてくる途中、低気圧に飲み込まれ、行方不明になってしまった。 のちに「殉職」と認定。海軍乙事件である。
・ 佐賀県出身。佐賀中を経て、海兵卒、海大卒。
・ フランス駐在、軍令部次長など歴任後、山本長官の後を受け、連合艦隊司令長官。
・ 海軍乙事件で行方不明となり、のち「殉職」と認定。死後元帥。
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
1940/09/27   日独伊三国軍事同盟調印
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1943/04/18   海軍甲事件 (連合艦隊司令長官山本五十六戦死)
1944/02/17   アメリカ機動部隊、トラック島空襲
1944/03/31   海軍乙事件 (連合艦隊司令長官古賀峯一「殉職」/04/05 発表)
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
「古賀峰一」は表記に誤りがあります。