川上 貞奴
1871 − 1946
[ かわかみ・さだやっこ ]
女優、芸者、川上音二郎の妻
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エピソード 1調査中。
・ 東京都出身。花柳界で育ち、22歳で川上音二郎と結婚。
・ 川上一座渡米の際、サンフランシスコで初めて舞台に立ち、「道成寺」を踊る。
・ パリでも盛名を馳せ、「マダム貞奴」の活躍は日本にまで伝えられる。
・ 帰国後、スター女優として人気を博し、のち帝国女優養成所を設立
・ 音二郎の死後、人気にかげりが目立ち、「アイーダ」を最後に引退。静かな余生を送る。
1901/04/06   川上音二郎ら訪欧
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
1908/09/15   川上貞奴、帝国女優養成所設立
1911/11/11   川上音二郎
1912/07/29   明治天皇崩御
1923/09/01   関東大震災
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1945/08/15   玉音放送 (終戦の詔勅)
1946/12/07   川上貞奴
引用川上貞奴といえば明治の芸妓として有名だが、昭和二十一年まで生きていた。 オッペケペー節の川上音二郎と結婚し、明治四十四年音二郎が死んでからは舞台を退き、帝国女優養成所などを開いていた。 夫と共に欧州巡業中、大彫刻家のオーギュスト・ロダンが彼女に惚れて言いよったが、 これをはねつけて日本女性の意気を示したという話がある。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。