菊池 武夫
1875 − 1955
[ きくち・たけお ]
貴族院議員、奉天特務機関長、陸軍中将
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エピソード 1調査中。
・ 宮崎県出身。米良菊池氏の後裔。男爵。
・ 陸士卒、陸大卒。日露戦争に中隊長として従軍。
・ 奉天特務機関長など歴任後、中将で予備役。のち貴族院議員。右翼団体にも関係する。
・ 中島久万吉商工相の足利尊氏論を貴族院で攻撃、辞任に追い込む。
・ 貴族院本会議で美濃部達吉博士天皇機関説を国体に対する謀反と批判
・ 美濃部博士を「学匪」と非難、国体明徴運動の火付け役となった。
・ 国家革新運動で活躍、戦後、A級戦犯として収容されるも不起訴。のち釈放。
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
1905/09/05   ポーツマス条約調印 (首席全権:小村寿太郎日露戦争終結)
1931/09/18   柳条湖事件 (満州事変勃発)
1934/02/09   中島商工相辞任 (足利尊氏論で)
1935/02/19   天皇機関説問題 (菊池武夫、貴族院で天皇機関説を非難)
1935/04/06   真崎教育総監、全陸軍に国体明徴の訓示
1935/04/09   美濃部達吉の3著発禁 (売り切れ続出)
1935/08/03   政府、国体明徴声明@
1935/09/18   美濃部達吉、貴族院議員辞職
1935/10/15   政府、国体明徴声明A (天皇機関説は国体に背くと明言)
1936/02/26   二・二六事件
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1945/08/15   玉音放送 (終戦の詔勅)
1945/12/02   GHQ、戦争犯罪人逮捕を指令B (平沼広田ら59人)
1946/04/29   A級戦犯容疑者28人の起訴状発表
1946/05/03   東京裁判(極東国際軍事裁判)開廷
引用菊池武夫は、南北朝時代、南朝方の忠臣で有名な菊池武時の後裔。 その先祖の武時は、後醍醐天皇が隠岐から伯耆船上山に戻ったとき、逸早く九州から駆けつけている。 武時の子武敏は、尊氏が京都に敗れて九州に遁走してきたとき、これを博多の多々良ヶ浜に迎撃した。 その子武光は九州南軍の主将として懐良親王を助けているし、武光の子武政も北朝方の少弐の大軍と筑後川の河原で戦っている。 したがって、その後裔の武夫男爵が勤皇精神で美濃部攻撃に情熱をたぎらせた理由は分らないでもない。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。