アレクセイ・ニコラエビッチ・クロパトキン
1848 − 1925
陸相、満州軍総司令官、トルキスタン総督、中学校教師、陸軍大将 / ロシア
一覧 (カ)   
エピソード 1 クロパトキンは日露戦争の前年(!)、陸軍大臣として来日している。極東視察の一環という名目だ。 日本側は、儀礼的な笑顔の奥で相当に身構えながらこれを迎えたわけだが、ご当人はかなり物見遊山だったようで、 みやげ物をごっそり買い込んでいる。 東京で純銀製花瓶、置物、指輪、かんざし、腕輪、財布、煙草入れなど六十余点三千五百余円、 京都で象牙細工三百余円、ビロード額地、絹織物四百余円、扇子数百本といった具合だ。 彼はのち、ロシア陸軍の総大将として、日本軍に勝利をごっそりプレゼントしてくれる。 実に気前のいい人物ではあるようだ。
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1903/04/08   ロシア、満州撤兵A不履行
1903/04/18   ロシア、満州撤兵のための7項目を清国に要求 (04/27 清国拒否)
1903/06/12   ロシア、クロパトキン陸相来日
1903/08/12   ロシア、旅順に極東総督府を設置
1903/08/29   ロシアの蔵相ウィッテ失脚 (主戦派の政治的勝利)
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
1904/04/26   第一軍、鴨緑江渡河作戦開始
1904/05/01   第一軍、鴨緑江を渡河、九連城占領
1904/08/28   遼陽会戦 (〜09/04)
1904/09/04   日本軍、遼陽占領
1904/10/09   沙河会戦 (〜10/17)
1904/10/17   沙河会戦終結
1905/01/02   旅順陥落
1905/01/25   黒溝台会戦 (〜01/29)
1905/01/28   クロパトキン(露)総司令官、作戦中止・退却を命令
1905/03/01   奉天会戦 (〜03/10)
1905/03/09   クロパトキン(露)総司令官、全軍に退却命令
1905/03/10   日本軍、奉天占領
1905/05/27   日本海海戦 (〜05/28/連合艦隊司令長官:東郷平八郎
1905/08/10   日露講和会議開催 (アメリカ・ポーツマス/首席全権:小村寿太郎
1905/09/05   ポーツマス条約調印 (首席全権:小村寿太郎日露戦争終結)
1914/07/28   オーストリア、セルビアに宣戦布告 (第一次世界大戦勃発)
1917/03/15   二月革命 (皇帝ニコライ2世退位、ロマノフ朝滅亡)
1917/11/07   十月革命 (ソビエト政権成立)
引用極度に決断がたりなかったのは、満州軍司令官のア・エヌ・クロパトキン将軍であった。 エム・デ・スコベレフ将軍は、―一八七七−一八七八年の露土戦争当時、 クロパトキンは参謀長として勤務していた、―クロパトキンにこう忠告したのである。 「君は二流の役割が適していることを、おぼえておきたまえ。 いつか主役を引き受けることなど、やめたまえ。君には決断力と堅固な意志が欠けている、 ・・・・・・どんなすばらしい計画もたてられないし、それを最後まで、けっしてやりぬけはしない。」
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。