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松井 石根 1878 − 1948
[ まつい・いわね ]
中支那方面軍司令官兼上海派遣軍司令官、ハルピン特務機関長、陸軍大将、A級戦犯
エピソード 1調査中。
語録
昨二十一日夜、マッカーサー元帥の命令により、明二十三日午前零時当監獄内において絞首刑執行の旨、
宣告せらる。かねて期せしところなれば、何ら驚くところなく、謹聴せり。
余は武家に生れ、家職をついで陸軍武官となり、累進、大将に進み、正三位に叙せらる。
更に勲一等功一級の栄勲を辱うし、一身の光栄にして、切に皇恩の無窮に感激しあり。
今南京虐殺事件の犠牲となり、この責任を負つて連合軍の処刑に付せらる。
いわんや余は先に上海、南京の戦いに多数の日華両国軍民を失いしものなれば、その責任上、
あま多の英霊のあとを追つて殉ずることは当然なり。
太平洋戦争は直接余の責任の外にあれども、これまた日華事変の延長と見るべく、 余の地位、経歴上責任を免がるべきに非ず。今や敗戦日本の醜態を暴露せることに関し、 責任を自覚し、一死、謝することは、又自然なりというべし。 ※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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