チェスター・ニミッツ
1885 − 1966
太平洋艦隊司令長官、海軍航海局長、海軍元帥 / アメリカ
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1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1942/04/18   ドゥーリトル爆撃隊、東京・名古屋・神戸などを空襲
1942/05/07   サンゴ海海戦 (〜05/08)
1942/06/05   ミッドウェー海戦 (〜06/07)
1942/08/07   アメリカ海兵隊、ガダルカナル島上陸
1943/02/01   ガダルカナル島撤退開始 (02/07 撤退完了)
1943/04/18   海軍甲事件 (連合艦隊司令長官山本五十六戦死)
1944/02/17   アメリカ機動部隊、トラック島空襲
1944/06/15   アメリカ軍、サイパン島上陸
1944/06/19   マリアナ沖海戦 (〜06/20)
1944/07/07   サイパン陥落 (守備隊玉砕)
1944/10/10   アメリカ機動部隊、沖縄を空襲
1944/10/12   台湾沖航空戦 (大本営、大戦果を発表)
1944/10/24   レイテ沖海戦
1945/02/19   アメリカ軍、硫黄島上陸
1945/03/09   東京大空襲@ (〜03/10)
1945/03/17   硫黄島守備隊玉砕
1945/08/15   玉音放送 (終戦の詔勅)
1945/09/02   降伏文書調印 (全権:重光葵梅津美治郎/第二次世界大戦終結)
語録 海軍力とはあらゆる兵器、あらゆる技術の総合力である。 戦艦や航空機や上陸部隊、商船隊のみならず、港も鉄道も、農家の牛も、海軍力に含まれる。
引用真珠湾攻撃のときの太平洋艦隊司令長官ハズバンド・キンメルは、 あのような不意の奇襲であったにもかかわらず、その責任を問われ、ただちに解任され、軍法会議にかけられた。
キンメルの後任には、チェスター・ニミッツ少将(当時五六歳)を大抜擢する。 ニミッツは第一次世界大戦時、大西洋艦隊潜水艦部隊参謀長を務め、真珠湾攻撃当時は、 海軍省航海局長の地位にあった。 早くから海軍の至宝と目されてはいたものの、太平洋艦隊司令長官就任が当然視されるまでには至っていなかった。 だが、アメリカ海軍は、彼のもつ緻密で徹底した性格と決断力に、その命運をゆだねたのである。 これは当時のルーズベルト大統領の判断と言われるが、ミッドウェーでの大勝利は、この人事による。
【中略】
アメリカのさらなる凄みは、こうして抜擢した人材をじつに大切に使ったという点である。 ニミッツは、同じ艦隊の指揮官として、ハルゼーとスプルーアンスという二人の人間を同時に起用し、 一定期間ごとに交替して任に当たらせた。 抜擢した有能な人材が、常にリフレッシュした頭脳と体で一二〇パーセントの能力を発揮できるようにするためである。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。