夏目 漱石
1867 − 1916
[ なつめ・そうせき ]
小説家、一高・東大講師
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エピソード 1調査中。
・ 東京都出身。本名金之助。生後まもなく里子に出され、続いて塩原家の養子になる。
・ 9歳で夏目家にもどるが、温かく迎えられず、こうした体験が内向性と非情な人間観を培う。
・ 東京帝大に入学。正岡子規からは俳句を学ぶ。
・ 卒業後、愛媛県の松山中学校に勤務。のち、この体験から「坊つちやん」が書かれる。
・ 東京高等師範学校講師などを経て、イギリスに留学。
・ 帰国後、第一高等学校教授に就任。
・ 異国の文学研究の不安、妻鏡子との不和、養父母との金銭トラブルを経験。
・ この危機的な日々はのち「道草」に描かれる。
・ そうした暗鬱な心情のカタルシスとして処女作「吾輩は猫である」が書かれる。
・ 「倫敦塔」「草枕」などを執筆後、朝日新聞社に入社。入社第一作は「虞美人草」。
・ 「三四郎」で描かれた自立と我執の問題は「それから」「門」に引き継がれる。
・ 胃潰瘍の療養に赴いた修善寺温泉で吐血、人事不省に陥る。
・ 「彼岸過迄」「行人」「こゝろ」を経て、「道草」を執筆。
・ 胃潰瘍が悪化、出血を繰り返して没し、「明暗」は未完に終わる。
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
1906/10/11   夏目漱石、木曜会開始
1907/04/02   夏目漱石、朝日新聞社入社 (東京帝大講師など退職)
1908/09/01   夏目漱石「三四郎」連載開始 (朝日新聞)
1909/06/27   夏目漱石「それから」連載開始 (朝日新聞)
1911/02/21   夏目漱石、博士号を辞退
1912/07/29   明治天皇崩御
1914/04/20   夏目漱石「心」連載開始 (朝日新聞)
1914/07/28   オーストリア、セルビアに宣戦布告 (第一次世界大戦勃発)
1916/05/26   夏目漱石「明暗」連載開始 (朝日新聞)
1916/12/09   夏目漱石
1947/06/27   夏目漱石の遺族、「漱石全集」など28種の商標登録を特許局に出願
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。