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・ 東京都出身。本名金之助。生後まもなく里子に出され、続いて塩原家の養子になる。 |
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・ 9歳で夏目家にもどるが、温かく迎えられず、こうした体験が内向性と非情な人間観を培う。 |
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・ 東京帝大に入学。正岡子規からは俳句を学ぶ。 |
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・ 卒業後、愛媛県の松山中学校に勤務。のち、この体験から「坊つちやん」が書かれる。 |
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・ 東京高等師範学校講師などを経て、イギリスに留学。 |
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・ 帰国後、第一高等学校教授に就任。 |
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・ 異国の文学研究の不安、妻鏡子との不和、養父母との金銭トラブルを経験。 |
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・ この危機的な日々はのち「道草」に描かれる。 |
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・ そうした暗鬱な心情のカタルシスとして処女作「吾輩は猫である」が書かれる。 |
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・ 「倫敦塔」「草枕」などを執筆後、朝日新聞社に入社。入社第一作は「虞美人草」。 |
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・ 「三四郎」で描かれた自立と我執の問題は「それから」「門」に引き継がれる。 |
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・ 胃潰瘍の療養に赴いた修善寺温泉で吐血、人事不省に陥る。 |
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・ 「彼岸過迄」「行人」「こゝろ」を経て、「道草」を執筆。 |
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・ 胃潰瘍が悪化、出血を繰り返して没し、「明暗」は未完に終わる。 |