大浦 兼武
1850 − 1918
[ おおうら・かねたけ ]
内相、農商務相、逓相、警視総監、島根・山口・熊本・宮城県知事
一覧 (ア)   
エピソード 1調査中。
・ 薩摩藩出身。戊辰戦争に従軍後、警察官僚の道を歩む。
・ 台湾出兵、西南戦争にも従軍後、大阪府警部長に就任。
・ 警保局次長時代には、選挙大干渉で民党弾圧にあたる。
・ 島根、山口、熊本、宮城各県の知事を歴任、山県内閣Aの警視総監に就任。
・ 桂内閣@の警視総監、さらに逓相に転じ、桂内閣Aの農商務相。
・ 桂内閣Bの内相となり、立憲同志会の創立にも参画。
・ この間、官僚派政党である大同倶楽部や中央倶楽部を支援して、政友会に対抗させた。
・ 大隈内閣Aに農商務相として入閣、衆議院解散後、内相に転じて選挙干渉を指揮。
・ 与党を大勝に導くも、議員買収が発覚、内相を辞任し政界引退を表明した。
1901/06/02   桂内閣@成立 (首相:桂太郎
1902/01/30   日英同盟@調印
1903/12/30   閣議、対清・対韓政策を決定
1904/02/04   御前会議、対露開戦を決定
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
1905/09/05   ポーツマス条約調印 (首席全権:小村寿太郎日露戦争終結)
1905/10/12   桂・ハリマン覚書 (10/23 取消)
1905/12/21   桂内閣@総辞職
1908/07/14   桂内閣A成立 (首相:桂太郎
1909/10/26   伊藤博文射殺事件
1910/08/22   韓国併合 (日韓条約調印)
1911/02/21   関税自主権回復 (日米通商航海条約改正)
1911/08/25   桂内閣A総辞職
1912/07/29   明治天皇崩御
1912/12/19   憲政擁護連合大会@ (護憲運動@開始)
1912/12/21   桂内閣B成立 (首相:桂太郎
1913/01/20   桂首相、新党結成計画発表
1913/02/11   桂内閣B総辞職 (大正政変)
1914/04/16   大隈内閣A成立 (首相:大隈重信
1914/07/28   オーストリア、セルビアに宣戦布告 (第一次世界大戦勃発)
1914/08/23   対独参戦 (宣戦布告)
1915/01/07   大隈首相、大浦農商務相を内相に起用 (総選挙に備えて)
1915/01/18   対華21ヵ条要求 (外相:加藤高明
1915/07/25   大浦内相辞任 (2個師団増設案成立工作問題で)
1915/07/30   大隈内閣辞表提出
1915/08/10   3閣僚辞任 (加藤外相若槻蔵相・八代海相/内閣改造)
1916/10/05   大隈内閣A総辞職
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。