大川 周明
1886 − 1957
[ おおかわ・しゅうめい ]
国家主義者、満鉄東亜経済調査局局長、拓大教授、A級戦犯容疑者
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エピソード 1大川周明は絵になる男、と言ってしまってはまじめな人からお叱りを受けるだろうか。 あの厳粛なる東京裁判の被告席で、東條英機のツルツルのハゲ頭をパンパン叩いて法廷の注目を集め、 ついには狂人として免訴を勝ち取っている。 狂人だったのか狂人を演じたのかは永遠のなぞだが、その後にコーランの邦訳を完成したのだから、いずれにしても大したものだ。
・ 山形県出身。東京帝大哲学科でインド哲学を専攻。卒業後、参謀本部依頼の翻訳などを行う。
・ のち満鉄に入社、満鉄東亜経済調査局に勤務。
・ また拓殖大学教授として植民史、植民政策などを担当する。
・ 猶存社を結成。行地社を創立し、国家改造をめざし、軍部将校との結びつきも深める。
・ 三月事件十月事件に関与、五・一五事件首謀者に拳銃と資金を提供したため逮捕される。
・ 戦後、A級戦犯容疑で訴追されるも、精神障害を起こし免訴。
・ 都立松沢病院入院中にコーランの邦訳を完成させた。
1931/03/17   三月事件 (陸軍によるクーデター未遂)
1931/09/18   柳条湖事件 (満州事変勃発)
1931/10/17   十月事件 (桜会によるクーデター未遂)
1936/02/26   二・二六事件
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1945/08/15   玉音放送 (終戦の詔勅)
1945/12/02   GHQ、戦争犯罪人逮捕を指令B (平沼広田ら59人)
1946/04/29   A級戦犯容疑者28人の起訴状発表
1946/05/03   東京裁判(極東国際軍事裁判)開廷
1948/11/12   東京裁判、A級戦犯25被告に有罪判決
引用大川周明は、いうまでもなく右翼理論の第一人者。 彼は法学博士の肩書をもち、拓殖大学教授、東亜経済調査局理事長であった。 東大哲学科出身で、本来は印度哲学者である。 法学博士になったのも、印哲研究中に印度の植民史を研究して、その論文を提出したからだった。 以来、アジアの植民史を研究して、アジアの解放と復興とを主張した。
【中略】
一九二〇年、彼は上海に在住中の右翼理論家北一輝を日本によびもどし、 の「日本改造法案大綱」を流布したが、まもなくと訣別した。
大川が軍人方面に知己が多かったのは、彼が東大在学中にアルバイトで参謀本部のドイツ語翻訳を引受けていたからだった。 渡辺錠太郎宇垣一成荒木貞夫杉山元、建川美次、東条英機永田鉄山、岡村寧次らの首脳と因縁が深かった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。