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小畑 敏四郎 1885 − 1947
[ おばた・としろう ]
国務相、陸大校長、参謀本部第三部長、陸軍中将
エピソード 1調査中。
評
小畑君は敵の多い人だった。しかし自分の見たものの中で、
これくらい用意周到で鋭い頭脳をもった男はいない。
しかも、これぐらい名利を捨てて国事を思う人間はなかった。
普通の人間ならかかり合いになるのを怖れて遠ざかるところを、彼は怖れず、それにぶつかってゆく。
十月事件に何ら関係もないのに大事と見て出て来て、
進んで南陸相の上奏文を起草していた、などはそれである。
正義派で、どこまでも強く、場合によっては寸毫も仮借しないが、また一面暖い面もあった。
近衛公がこの人柄をもって小畑君を信頼していた。
小畑君も天子様の身代りのように近衛公を見ていたようである。
高知の出身で、父は高級判事で男爵、貴族院議員小畑大太郎君の弟だ。
あれくらい黒白を明らかにする男はない。
彼は一方便乗派を非常に嫌った。そのため敵も多かった。作戦用兵が最も得意であった。
荒木貞夫 (元陸相)
評
小畑閣下が陸大での戦術論の冒頭、必ず口にされる有名な言葉があった。
「百戦百勝は善の善なるものに非るなり、戦はずして而して人の兵を屈するは善の善なるものなり」という支那古代の兵書、
孫子の謀略篇の中にある有名な言葉だ。
これが小畑閣下の最も好まれた格言であった。
「三吉、これが作戦の要諦だよ」と、たしか二、三度将軍の口から、直に伺った。
こんな小畑閣下の作戦思想は、あくまで防衛が第一で、ソ連の出方によってはもちろん干戈を交えなくてはならないが、 当方に厳たる備えがあれば、ソ連は恐らく手を出さないだろう、と閣下は観測しておられた。 三吉義隆 (元陸軍大佐)
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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