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渋沢 栄一 1840 − 1931
[ しぶさわ・えいいち ]
実業家、第一銀行頭取、幕臣
エピソード 1調査中。
引用渋沢は、利根川ぞいの血洗島という村の富農の子で、
幕末、百姓の出ながら攘夷志士のむれに投じて当時流行の暴発をしようとしたこともある。
のち運命的ないきさつで一橋家に召かかえられ、徳川慶喜に信頼された。
慶応年間の京にあっては渋沢は一橋家の周旋役として他藩との折衝にあたり、
慶喜が将軍になると、軽格ながら幕臣になったが、たまたまパリで万国博覧会が企画され、日本も招待されたので、
渋沢はその幕府代表の随員として渡仏した。
その外遊中に幕府が瓦解し、帰国して徳川家の整理にあたったが、のち新政府の大蔵省に出仕し、
ついで官をやめて野にもどり、日本に欧米風の財界をつくるために奔走し、
市中銀行を最初におこしただけでなく、ほとんどあらゆる産業をおこしたといっていいほどの多岐にわたる活躍をした。
司馬遼太郎 「坂の上の雲(3)」
P.164この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
「渋沢栄一」は「澁沢栄一」「澁澤栄一」「渋澤栄一」とも表記されることがあります。 |