佐藤 栄作
19012 − 1975
[ さとう・えいさく ]
首相、蔵相、通産相、建設相、郵政相、内閣官房長官、自民党総裁、岸信介の弟
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エピソード 1調査中。
・ 山口県出身。東大卒業後、鉄道相入省。戦後、運輸事務次官。
・ 吉田茂に見出され、民自党に入党、吉田内閣Aの官房長官に抜擢される。
・ 池田勇人、前尾繁三郎らとともに衆議院議員に初当選。
・ 民自党政調会長、自由党幹事長、郵政相、建設相などを歴任。
・ 造船疑獄では、犬養健法相の指揮権発動により逮捕を免れる。
・ 保守合同では吉田に殉じ無所属となるが、鳩山引退後自民党に入党。岸内閣の成立の尽力。
・ 党総務会長、蔵相、通産相などを歴任。
・ 総裁選で池田と争い敗れるも、池田首相が病気で辞任し、首相に就任。
・ 派閥均衡人事で指導力を発揮、7年8ヵ月の長期政権を担う。
・ 在任中に、日韓基本条約の締結、「核抜き、本土並み」の沖縄返還などを果たす。
・ 非核三原則などによりノーベル平和賞を受賞。
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1945/08/15   玉音放送 (終戦の詔勅)
1948/10/19   吉田内閣A成立 (首相:吉田茂/官房長官:佐藤栄作
1948/11/30   国家公務員法改正公布
1948/12/23   衆議院、内閣不信任案可決 (→衆議院解散)
1950/06/25   朝鮮戦争勃発
引用佐藤栄作は、岸信介の実弟であり、鉄道官僚として育ってきたが、 先輩の堀木謙三から「小利口にたちまわって、早く出世したい一点ばりの、気の小さい男だった」と批判されていた彼は、 戦争中は革新官僚として陸軍とむすんで羽振りをきかせ、これがたたって戦争末期に大阪鉄道局長へ左遷され、 すっかり悲観して一時は鉄道をやめる決心をし、戦後の返り咲いて鉄道総局長官の地位にあった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
「佐藤栄作」は「佐藤榮作」とも表記されることがあります。