鈴木 貫太郎 1868 − 1948
[ すずき・かんたろう ]
首相、軍令部長、連合艦隊司令長官、海軍次官、枢密院議長、侍従長、海軍大将
エピソード 1いつの世にも大臣病の重症患者は多いが、
首相就任を頑なに固辞する人間も小数ながらいる。鈴木はそのどちらでもなく、頑なに固辞しながら、ついには引き受けた。
重臣会議の説得にも首を縦にふらない鈴木を、昭和天皇がじきじきに説得したからだ。
「政治に経験がなくてもよい。耳が聞こえなくてもよいからぜひ」
「もうほかに人はいない。頼むから、どうか、気持をまげて」とまで言われては、断わりきれるものではない。
こういう人が往々にしていい仕事をするものだが、鈴木も、あの困難な状況の中で、軍国日本をハードランディングさせた。
引き際も見事。玉音放送の8月15日、辞表を提出している。
引用鈴木は、日清戦争では水雷艦長、日露戦争では駆逐艦司令として、おどろくべき大戦果をあげ、
“鬼貫太郎”とうたわれた勇士だが、曲がったことが大きらいの、外柔内剛の人物であった。
生出寿 「知将 秋山真之」
P.44この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
|