幣原 喜重郎
1872 − 1951
[ しではら・きじゅうろう ]
首相、外相、外務次官、駐米大使、ワシントン会議全権、衆議院議長、進歩党総裁、岩崎弥太郎の女婿
一覧 (サ) 本を入手 
エピソード 1権力は人を若返らせる。 終戦直前、吉田茂が和平工作に幣原をかつぎ出そうとしたとき、 彼は「非常にやせて生気がなく、がくがくとあごをならし、手もふるえ、誠に老齢そのもの」の状態で、遣いの者をうろたえ驚かせた。 ところが、その後、首相の座につくや、あごの音はやみ、手のふるえも止まり、すっかり若返って、激務をこなした。 天皇の人間宣言も、首相自らの手で書かれた。権力が彼を若返らせたのだ。
・ 大阪府出身。東京帝大卒業後、外務省入省。
・ オランダ公使、外務次官など歴任後、アメリカ大使に就任、ワシントン会議に全権として参加。
・ 加藤(高)内閣で外相となり、以後、憲政会、民政党内閣の全期間にわたり外相を務める。
・ この間、「幣原外交」とよばわる国際協調外交を推進する。
・ だが、ロンドン軍縮条約の締結後、満州事変で、その外交路線は完全に破綻する。
・ 軍国主義化の波の中、完全に「忘れられた人」となるが、吉田茂らの尽力で中央政界に復帰。
・ 戦後、首相としてGHQの求める諸改革に着手。また、天皇の人間宣言は自ら起草。
・ マッカーサーによれば、新憲法の戦争放棄の理念は彼の着想に基づくという。
・ 首相在任中に、進歩党総裁に就任するも、戦後初の総選挙で敗北し、内閣総辞職
・ 直後の吉田内閣@に副総理として入閣するなど、その後も保守勢力の一翼を担う。
1921/01/03   幣原駐米大使、排日土地法に抗議
1924/06/11   加藤(高)内閣(護憲三派内閣)成立 (首相:加藤高明
1925/04/22   治安維持法公布
1925/05/01   陸軍軍縮計画(宇垣軍縮)発表
1925/05/05   普通選挙法公布 (男子普通選挙)
1926/01/28   加藤(高)内閣総辞職
1926/01/30   若槻内閣@成立 (首相:若槻礼次郎/全閣僚留任)
1926/12/25   大正天皇崩御 (昭和天皇即位)
1927/03/14   片岡蔵相失言 (→金融恐慌)
1927/04/17   若槻内閣@総辞職
1929/07/02   浜口内閣成立 (首相:浜口雄幸
1930/01/11   金解禁 (蔵相:井上準之助
1930/04/22   ロンドン海軍軍縮条約調印
1930/04/25   統帥権干犯問題 (犬養毅鳩山一郎が追及)
1930/11/14   浜口首相狙撃事件 (東京駅/犯人:佐郷屋留雄)
1931/02/03   幣原首相代理失言
1931/03/09   幣原首相代理解任
1931/03/10   浜口首相登院
1931/03/17   三月事件 (陸軍によるクーデター未遂)
1931/04/13   浜口内閣総辞職
1931/04/14   若槻内閣A成立 (首相:若槻礼次郎
1931/09/18   柳条湖事件 (満州事変勃発)
1931/09/19   林奉天総領事、柳条湖事件は軍部の計画的行動と幣原外相に報告
1931/09/24   政府、不拡大方針を声明
1931/10/17   十月事件 (桜会によるクーデター未遂)
1931/11/18   日本政府、満州への増派を閣議決定
1931/12/11   若槻内閣A総辞職 (安達内相の辞任拒否で閣内不統一)
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
1940/09/27   日独伊三国軍事同盟調印
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1945/08/15   玉音放送 (終戦の詔勅)
1945/09/02   降伏文書調印 (全権:重光葵梅津美治郎/第二次世界大戦終結)
1945/10/09   幣原内閣成立 (首相:幣原喜重郎
1945/10/11   マッカーサー、幣原首相に憲法改正と5大改革を要求
1945/12/09   GHQ、農地改革を指令
1945/12/17   選挙法改正 (婦人参政権など)
1945/12/22   労働組合法公布
1946/01/01   天皇、人間宣言 (神格化否定の詔書)
1946/01/04   GHQ、軍国主義者の公職追放などを指令
1946/01/13   幣原内閣改造
1946/03/06   政府、憲法改正草案要項を発表
1946/04/10   総選挙[22] (自由141、進歩94、社会93、協同14、共産5、他119)
1946/04/19   幣原内閣打倒共同委員会結成 (自由・社会・協同・共産の4党)
1946/04/22   幣原内閣総辞職
1946/04/23   幣原喜重郎、進歩党総裁就任
1946/05/03   幣原首相、後継首相に鳩山一郎(自由党総裁)を推薦
1946/05/04   GHQ、鳩山一郎(自由党総裁)の公職追放を通達
1946/05/16   吉田茂に組閣命令
1946/05/22   吉田内閣@成立 (首相:吉田茂
1946/11/03   日本国憲法公布
1946/12/27   閣議、傾斜生産方式を決定
1947/01/31   吉田内閣@改造
1947/01/31   マッカーサー、「2・1ゼネスト」中止を命令
1947/05/18   民主党、総裁に芦田均、名誉総裁に幣原喜重郎を決定
1947/05/20   吉田内閣@総辞職
1947/11/29   幣原喜重郎ら、民主党脱党 (同志クラブ結成)
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。