重光 葵
1887 − 1957
[ しげみつ・まもる ]
外相、外務次官、駐英大使、改進党総裁、A級戦犯
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エピソード 1調査中。
・ 大分県出身。東京帝大卒業後、外務省入省。
・ パリ講和会議全権委員随員、上海総領事、外務次官など歴任後、東條内閣の外相。
・ 小磯内閣の外相兼大東亜相としてソ連を通じての和平工作に尽力。
・ 敗戦後、戦艦「ミズーリ」艦上で、外相として降伏文書に調印
・ A級戦犯として東京裁判で「禁固7年」の判決。
・ 仮釈放、公職追放解除後、改進党総裁に就任。
・ 鳩山内閣では、外相として国連加盟、日ソ国交回復に尽力した。
1919/06/28   ベルサイユ条約調印 (北京政府、調印拒否)
1931/09/18   柳条湖事件 (満州事変勃発)
1932/04/29   上海爆弾テロ事件 (犯人:尹奉吉)
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
1940/09/27   日独伊三国軍事同盟調印
1941/04/13   日ソ中立条約調印
1941/10/18   東條内閣成立 (首相:東條英機
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1942/06/05   ミッドウェー海戦 (〜06/07)
1943/02/01   ガダルカナル島撤退開始 (02/07 撤退完了)
1943/04/20   東條内閣改造@
1944/02/19   東條内閣改造A
1944/07/07   サイパン陥落 (守備隊玉砕)
1944/07/18   東條内閣総辞職
1944/07/22   小磯内閣成立 (首相:小磯国昭
1944/10/24   レイテ沖海戦
1945/04/01   沖縄戦開始 (アメリカ軍、沖縄本島上陸)
1945/04/05   小磯内閣総辞職
1945/08/15   玉音放送 (終戦の詔勅)
1945/08/17   東久邇宮内閣成立 (首相:東久邇宮稔彦/無任所相:近衛文麿
1945/08/30   マッカーサー厚木到着
1945/09/02   降伏文書調印 (全権:重光葵梅津美治郎/第二次世界大戦終結)
1945/09/03   重光・マッカーサー会談 (軍政中止)
1945/09/17   重光外相辞任 (後任:吉田茂
1945/09/27   天皇、マッカーサーを訪問 (会談@)
1945/10/04   GHQ、「自由主義化」を指令
1945/10/05   東久邇宮内閣総辞職
1946/04/29   A級戦犯容疑者28人の起訴状発表
1946/05/03   東京裁判(極東国際軍事裁判)開廷
1948/11/12   東京裁判、A級戦犯25被告に有罪判決
引用重光は情に流されず論理を通すことのできる人であった。 それだけに相手の心理をもとらえて感服させることは得意ではない。 むしろ、論理で押す中で、人を怒らせることが多い。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。