佐藤 尚武
1882 − 1971
[ さとう・なおたけ ]
外相、駐ソ大使、駐仏大使、参議院議長
一覧 (サ)   
エピソード 1調査中。
・ 青森県出身。東京高商(一橋大学)卒業後、外務省に入省。
・ ポーランド公使、ベルギー大使などを歴任。その間、国際連盟日本国事務局長などを務める。
・ リットン報告書の採択に際しては、松岡全権とともに抗議の退場を行う。
・ 林内閣の外相に就任、「広田三原則」にかわる新しい対中国政策を提起。
・ 駐ソ大使となり、第二次世界大戦中の日ソ交渉に尽力。
・ 戦後、参議院議員、緑風会結成に参加。のち参議院議長を務める。
1919/06/28   ベルサイユ条約調印 (北京政府、調印拒否)
1931/09/18   柳条湖事件 (満州事変勃発)
1932/08/25   内田外相、「焦土外交」の決意を表明
1933/02/20   閣議、対日勧告案可決の場合の国際連盟脱退を決定
1933/02/24   国際連盟総会、リットン報告書を採択
1937/02/02   林内閣成立 (首相:林銑十郎
1937/05/31   林内閣総辞職
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
1940/09/27   日独伊三国軍事同盟調印
1941/04/13   日ソ中立条約調印
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1945/02/04   ヤルタ会談 (〜02/11)
1945/04/05   ソ連、日ソ中立条約の不延長を通告
1945/06/03   広田・マリク(駐日ソ連大使)会談
1945/07/10   最高戦争指導会議、近衛特使ソ連派遣を決定
1945/07/26   連合国、ポツダム宣言発表
1945/07/18   ソ連、近衛特使派遣について否定的回答
1945/08/08   ソ連、対日参戦 (08/09 満州侵攻開始)
1945/08/15   玉音放送 (終戦の詔勅)
1945/09/02   降伏文書調印 (全権:重光葵梅津美治郎/第二次世界大戦終結)
1946/11/03   日本国憲法公布
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。