西郷 従道
1843 − 1902
[ さいごう・つぐみち ]
元老、内相、海相、陸軍卿、陸軍中将、元帥海軍大将、西郷隆盛の弟
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エピソード 1 伊藤内閣Cは、伊藤首相と、倒閣をもくろむ元老山県有朋に操られた貴族院の死闘の7ヵ月半だった。 ついにキレた伊藤が京都の山県に直談判に及ぼうとしたそのとき、西郷海相はこう言って引き止めた。 「昨今、おはんたちの争いを見ていると二十年昔の大久保どんと兄貴のようになりはせぬかと心配でごわす。 今、おはんが京へ行けば、正面衝突して仲違いはとり返しのつかぬごつなりもす。 ここはおいが行って、山県どんと話をして来もそう」 彼にして言える言葉だ。キャッ、信吾どん、かっこイイ。
・ 鹿児島県出身。兄隆盛に従い、幕末の動乱に活躍。
・ 山県有朋とともに兵制研究のため渡欧。帰国後、陸軍の要職を歴任。
・ 台湾蕃地事務都督として、政府の中止命令にもかかわらず台湾へ出兵。
・ 陸軍卿など歴任後、伊藤内閣@で海相に就任。山本権兵衛らを登用、海軍の近代化を図る。
・ その後も内相、海相を歴任。
1867/11/10   大政奉還 (慶応03年10月15日)
1891/05/11   大津事件
1894/07/16   治外法権廃止 (日英通商航海条約など調印)
1894/08/01   清国に宣戦布告 (日清戦争勃発)
1895/04/14   下関条約調印 (日清戦争終結)
1895/04/23   三国干渉 (独・仏・露3国公使、遼東半島の清国への返還を勧告)
1898/11/08   山県内閣A成立 (首相:山県有朋
1900/05/19   軍部大臣現役武官制確立 (陸海軍官制改正)
1900/06/21   清国、日本など8ヵ国に宣戦布告 (義和団事件)
1900/09/26   山県内閣A総辞職
1902/01/30   日英同盟@調印
1902/07/18   西郷従道
引用従道は、西郷隆盛の弟である。
幕末にあっては西郷慎吾と言い、隆盛のそばで倒幕活動に従ったが、物事によく気がつくというほか、べつにめだたなかった。
が、維新後に本領をあらわした。 明治のジャーナリスト池辺三山は明治の三大政治家のひとりにかぞえているが、 人物があまり大きすぎたのと、みずからは一見阿呆のようにかまえて自分の功績を晦ますといったいわば老荘的なふんいきがあったため、 十分な評価が、同時代にも後世にもあたえられていない。
人物が大きいというのは、いかにも東洋的な表現だが、明治もおわったあるとき、 ある外務大臣の私的な宴席で、明治の人物論が出た。
「人間が大きいという点では、大山巌が最大だろう」
と誰かがいうと、いやおなじ薩摩人ながら西郷従道のほうが、大山の五倍も大きかった、と別のひとが言ったところ、 一座のどこからも異論がでなかったという。 もっともその席で、西郷隆盛を知っているひとがいて、
「その従道でも、兄の隆盛にくらべると月の前の星だった」
といったから、一座のひとびとは西郷隆盛という人物の巨大さを想像するのに、気が遠くなる思いがしたという。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。