東郷 茂徳
1882 − 1950
[ とうごう・しげのり ]
外相、駐独大使、駐ソ大使、A級戦犯
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エピソード 1東京裁判で、A級戦犯として有罪判決を受けたが、 決して対米開戦を望んだわけでも、反対しなかったわけでもない。 そういう意味では、過酷過ぎる判決とも言えるが、彼は戦時中、大東亜省の設置に反対して外相を辞任している。 外交の一元化が損なわれるからという理由だが、要するに外務省の省益を損なわれるということだろう。 国益よりも省益を重んじる日本の官僚の体質がここに表れていると言えなくはないだろうか。
・ 鹿児島県出身。東京帝大卒業後、外務省入省。
・ 駐独大使、駐ソ大使など歴任後、東條内閣の外相に就任。
・ 対米開戦反対を貫きえず、外相として太平洋戦争への突入を容認。
・ 大東亜省設置に反対して辞任。鈴木(貫)内閣で外相に再任、ポツダム宣言受諾に尽力。
・ 戦後、A級戦犯として「禁固20年」の判決。服役中に病死。
1941/10/18   東條内閣成立 (首相:東條英機
1941/12/01   御前会議、対米開戦決定
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1942/06/05   ミッドウェー海戦 (〜06/07)
1942/09/01   大東亜省設置を閣議決定 (東郷外相辞任)
1943/02/01   ガダルカナル島撤退開始 (02/07 撤退完了)
1943/10/21   出陣学徒壮行大会 (神宮外苑競技場)
1944/07/07   サイパン陥落 (守備隊玉砕)
1944/07/18   東條内閣総辞職
1945/04/07   鈴木(貫)内閣成立 (首相:鈴木貫太郎
1945/05/07   ドイツ、無条件降伏 (ベルリン陥落)
1945/06/03   広田・マリク(駐日ソ連大使)会談
1945/06/08   御前会議、本土決戦決定 (「今後採るべき戦争指導の基本要綱」)
1945/07/10   最高戦争指導会議、近衛特使ソ連派遣を決定
1945/07/26   連合国、ポツダム宣言発表
1945/08/06   アメリカ軍、広島に原爆投下
1945/08/08   ソ連、対日参戦 (08/09 満州侵攻開始)
1945/08/09   アメリカ軍、長崎に原爆投下
1945/08/10   御前会議、条件付きでポツダム宣言受諾を決定
1945/08/14   御前会議、ポツダム宣言受諾を決定
1945/08/14   宮城事件 (戦争継続派によるクーデター未遂)
1945/08/15   玉音放送 (終戦の詔勅)
1945/08/15   鈴木(貫)内閣総辞職
1945/09/11   GHQ、戦争犯罪人逮捕を指令@ (東條東郷ら39人)
1946/04/29   A級戦犯容疑者28人の起訴状発表
1946/05/03   東京裁判(極東国際軍事裁判)開廷
1948/11/12   東京裁判、A級戦犯25被告に有罪判決
1950/07/23   東郷茂徳
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。