田中 正造
1841 − 1913
[ たなか・しょうぞう ]
衆議院議員、栃木県会議長、社会運動家
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エピソード 1調査中。
・ 栃木県の名主の長男に生まれる。
・ 17歳で名主となり、主家の苛政に反抗、投獄される。
・ 上京、のち岩手県の役人となる。この間、西欧思想に触れる。
・ 「栃木新聞」を創刊。栃木県議会議員となり、のち議長に就任。国会開設を主張。
・ 立憲改進党に入党、第1回総選挙で衆議院議員に当選。藩閥政府を批判。
・ 国会で足尾銅山鉱毒事件を取り上げ、以後一貫して追及。新聞社などに働きかける。
・ この問題で議員辞職、天皇に直訴を行う。
・ 内閣の鉱毒調査委員会が治水計画を立てるや、水没の危機にさらされた谷中村に転居。
・ 栃木県の谷中残留16戸強制破壊に対して、最後まで抵抗。
1900/02/16   田中正造、衆議院で足尾鉱毒被災民の請願運動弾圧に反対する演説
1901/10/23   田中正造、足尾銅山鉱毒事件で衆議院議員辞職
1901/12/10   田中正造、天皇に直訴 (足尾銅山鉱毒事件)
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
1905/09/05   ポーツマス条約調印 (首席全権:小村寿太郎日露戦争終結)
1912/07/29   明治天皇崩御
1913/09/04   田中正造
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。