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セルゲイ・Y・ウィッテ 1849 − 1915
首相、蔵相、日露講和会議首席全権 / ロシア
エピソード 1アメリカ・ポーツマスで開かれた日露講和会議の十回目の本会議の臨むのとき、
ウィッテはすでに会議の決裂を覚悟していた。
彼の内ポケットには、決裂を本国に伝える至急電の電文が入っており、
それをいち早く打電するための合言葉も決めてあった。
会議の席上、「ロシアタバコを持ってきてくれ」彼がそう言うと、隣室に控える随員がやってくる。
そのときに電文を渡す手はずになっていた。
この電文がロシア本国に届けば、時を移さず満州のロシア軍は進撃を開始するだろう。
この日の本会議で、ウィッテがロシアタバコを求めることはついになかった。日露両国の間に急転平和がもたらされたからだ。
引用ウィッテはこの時代のロシアにあっては傑出した財政家で、アレクサンドル三世とニコライ二世の両帝につかえ、
大蔵大臣をつとめ、のち総理大臣になった。
どちらかといえば非ロシア的な人物で、西欧的教養と思想をもち、ロシアそのものの批判者としてもその言葉はつねに警抜であった。
司馬遼太郎 「坂の上の雲(2)」
P.344この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
「ウィッテ」は「ヴィッテ」「ウイッテ」とも表記されることがあります。 |