和田 博雄
1903 − 1967
[ わだ・ひろお ]
農相、経済安定本部長官、農政局長、企画院書記官、左派社会党政策審議会会長
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エピソード 1終戦後の数年間は、公職追放なんかもあってとにかく人材難。 そんな中、経済政策で八面六臂の活躍をしたのがこの人。 農地改革、食糧危機打開、経済再建、むずかしい仕事を彼が中心になって解決していった。 そのあまりの活躍に、片山内閣の大番頭、西尾末広も相当なプレッシャーを受けていたようだ。 自らの地位を脅かされてか、疑心暗鬼を募らせ、経済政策がらみで政権の舵取りに失敗、内閣を崩壊させてしまうことになる。
・ 京都府出身。東京帝大卒業後、農林省入省。
・ 対満事務局を経て、企画院書記官となり、産業調査を担当。
・ 企画院事件で検挙(治安維持法違反)される。
・ 戦後、農政局長を経て、吉田内閣@の農相。農地改革を断行する。
・ 社会党に入党し、片山内閣の国務相、経済安定本部長官、物価庁長官を兼任。
・ 左派社会党では、政策審議会会長を務める。
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
1940/09/27   日独伊三国軍事同盟調印
1941/04/08   企画院事件
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1945/08/15   玉音放送 (終戦の詔勅)
1946/05/22   吉田内閣@成立 (首相:吉田茂
1946/07/26   閣議、第2次農地改革を決定
1946/10/08   復興金融金庫法公布
1946/11/03   日本国憲法公布
1946/12/27   閣議、傾斜生産方式を決定
1947/01/31   吉田内閣@改造
1947/01/31   マッカーサー、「2・1ゼネスト」中止を命令
1947/05/20   吉田内閣@総辞職
1947/06/01   片山内閣成立 (首相:片山哲/官房長官:西尾末広
1947/11/04   片山首相、平野農相を解任
1947/12/18   過度経済力集中排除法公布 (49/06/30までの時限立法)
1947/12/20   臨時石炭鉱業管理法公布
1948/02/10   片山内閣総辞職
引用和田は戦時中、企画院の官僚であったとき、その主張が社会主義だという理由で、弾圧を受け、 逮捕された経験があった。 いわゆる企画院事件といわれたものである。 戦後復活してきて、幣原内閣のとき、松村謙三農相のもとで農政局長のポストに就き、農地改革に打ち込んだ。 のちに社会党に入っていくほど、そのイデオロギーは社会主義であった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。