渡辺 錠太郎
1874 − 1936
[ わたなべ・じょうたろう ]
教育総監、参謀本部第四部長、陸大校長、陸軍大将
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エピソード 1調査中。
・ 愛知県出身。陸士卒。陸大卒業後、日露戦争に出征。
・ 陸大校長など歴任後、教育総監に就任。
・ 真崎甚三郎の後任だったことなどから、皇道派青年将校の襲撃対象となる。
・ 二・二六事件で、反乱軍により、私邸で射殺された。
1931/09/18   柳条湖事件 (満州事変勃発)
1935/07/15   真崎教育総監更迭 (後任:「統制派」渡辺錠太郎
1935/08/12   相沢事件 (永田軍務局長斬殺)
1936/02/26   二・二六事件
引用陸軍切っての教養といわれる知性派であり、 日露戦争後の大尉時代、山縣有朋の副官でありながら、長州閥にも、どの派閥にも属さない孤高で剛毅の将軍である。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。