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若槻 礼次郎 1866 − 1949
[ わかつき・れいじろう ]
エピソード 1太平洋戦争の戦局が悪化し、東條が重臣会議と対立したとき、
重臣会議なんて首相落第者の集まりじゃないか、と言ったというが、若槻など首相落第者の最たるもの。
官僚として、あるいは受験生としては驚異的な天才だったが、政治家としては無能としか言いようがなかった。
そんな彼に国の舵取りを2度も任せなければいけなかったのは不幸としか言いようがない。
役人と政治家はしっかり区別して考えたいものだ。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
「若槻礼次郎」は「若槻禮次郎」とも表記されることがあります。 |