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山県 有朋 1838 − 1922
[ やまがた・ありとも ]
元老、首相(@/A)、枢密院議長、参謀総長、陸軍卿、奇兵隊軍監、元帥陸軍大将
エピソード 1陰険な人間として有名だが、公平ではあったようだ。
明治天皇は1912年7月19日に重体に陥るが、その直前まで病を押して公務を続けていた。
7月14日、枢密院の会議に出席していた天皇は、途中ついうつらうつらしてしまった。
それを目ざとく見つけた議長席の山県、軍刀の先で床を鋭く叩いた。はっとした天皇はあわてて姿勢を正した。
誰にでも、たとえ相手が天皇であろうと公平に陰険な山県だった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
「山県有朋」は「山縣有朋」「山県狂介」「山縣狂介」とも表記されることがあります。 |