山県 有朋
1838 − 1922
[ やまがた・ありとも ]
元老、首相(@/A)、枢密院議長、参謀総長、陸軍卿、奇兵隊軍監、元帥陸軍大将
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エピソード 1陰険な人間として有名だが、公平ではあったようだ。 明治天皇は1912年7月19日に重体に陥るが、その直前まで病を押して公務を続けていた。 7月14日、枢密院の会議に出席していた天皇は、途中ついうつらうつらしてしまった。 それを目ざとく見つけた議長席の山県、軍刀の先で床を鋭く叩いた。はっとした天皇はあわてて姿勢を正した。 誰にでも、たとえ相手が天皇であろうと公平に陰険な山県だった。
・ 山口県出身。長州藩の足軽。松下村塾に学ぶ。
・ 倒幕派に属し奇兵隊軍監として活躍。戊辰戦争では参謀として越後、奥羽に転戦。
・ 西郷隆盛に説き、薩長土よりの献兵で御親兵を創設、廃藩置県に尽力する。
・ 陸軍の要職を歴任、徴兵制の実現、軍人勅諭の起草など、近代軍制の基礎を築く。
・ 陸軍、内務省に広範な勢力を擁して自由民権運動を弾圧。
・ 日清戦争には第一軍司令官として自ら兵を率いるも、勅語により帰国、司令官解任。
・ 以後、伊藤と対立。政友会の結成に反対する。
・ 日露戦争後、伊藤を韓国統監に追い権力を強めるも、宮中某重大事件で威信失墜。
1867/11/10   大政奉還 (慶応03年10月15日)
1894/08/01   清国に宣戦布告 (日清戦争勃発)
1895/04/14   下関条約調印 (日清戦争終結)
1895/04/23   三国干渉 (独・仏・露3国公使、遼東半島の清国への返還を勧告)
1898/11/08   山県内閣A成立 (首相:山県有朋
1898/12/30   地租条例改正 (地価の2.5%→3.3%)
1899/03/28   文官任用令改正
1900/03/10   治安警察法公布
1900/03/29   選挙法改正 (選挙資格:直接国税15円以上→10円以上)
1900/05/19   軍部大臣現役武官制確立 (陸海軍官制改正)
1900/06/21   清国、日本など8ヵ国に宣戦布告 (義和団事件)
1900/09/26   山県内閣A総辞職
1902/01/30   日英同盟@調印
1903/04/21   無隣庵会議 (山県伊藤小村/京都)
1903/10/06   日露交渉(小村・ローゼン交渉)開始
1904/02/04   御前会議、対露開戦を決定
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
1904/02/11   大本営設置
1904/06/20   満州軍総司令部設置 (総司令官:大山巌/総参謀長:児玉源太郎
1904/07/12   軍令部長ら、参謀総長に旅順攻略促進を要請
1905/01/02   旅順陥落
1905/05/27   日本海海戦 (〜05/28/連合艦隊司令長官:東郷平八郎
1905/07/21   山県参謀総長、満州軍を視察
1905/08/10   日露講和会議開催 (アメリカ・ポーツマス/首席全権:小村寿太郎
1905/08/28   御前会議、日露講和成立方針を決定
1905/09/05   ポーツマス条約調印 (首席全権:小村寿太郎日露戦争終結)
1908/07/04   西園寺内閣@総辞職
1912/07/29   明治天皇崩御
1912/11/10   西園寺・山県会談 (陸軍2個師団増設問題)
1912/12/05   西園寺内閣A総辞職
1914/07/28   オーストリア、セルビアに宣戦布告 (第一次世界大戦勃発)
1919/06/28   ベルサイユ条約調印 (北京政府、調印拒否)
1920/11/11   宮中某重大事件
1921/03/21   山県有朋、元老・枢密院議長などの辞表提出 (05/18 辞表却下)
1922/02/01   山県有朋
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
「山県有朋」は「山縣有朋」「山県狂介」「山縣狂介」とも表記されることがあります。