湯浅 倉平
1874 − 1940
[ ゆあさ・くらへい ]
内大臣、宮内大臣、内務次官、警視総監、会計検査院長、朝鮮総督府政務総監、岡山・静岡県知事
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エピソード 1調査中。
・ 山口県出身。東京帝大卒業後、内務省に入省。
・ 地方局長、静岡・岡山両県知事などを歴任し、内務省警保局長を最後に退官。
・ 貴族院議員に勅選される。
・ 関東大震災の際、警視総監となり、東京都の治安維持にあたるも、虎の門事件で引責辞職。
・ 内務次官、朝鮮総督府政務総監、会計検査院長などを歴任し、宮内大臣に就任。
・ 二・二六事件で暗殺された斉藤実の後を受けて内大臣となる。
・ 元老西園寺公望らとともに後継首班の奏薦など重責を担う。
1923/09/01   関東大震災
1923/09/04   亀戸事件
1923/09/16   甘粕事件 (犯人:甘粕正彦
1923/12/27   虎の門事件 (摂政宮襲撃/犯人:難波大助)
1923/12/29   山本内閣A総辞職
1936/02/26   二・二六事件
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
語録 国をあやまる第一線の政治家が三人いる、それは松岡洋右近衛文麿平沼騏一郎だ。
引用純忠一途の古武士的硬骨漢で、米内内閣の生みの親であった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。