吉野 作造
1878 − 1933
[ よしの・さくぞう ]
東大教授、政治学者
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エピソード 1調査中。
・ 宮城県出身。二高時代にキリスト教の触れる。東京帝大で政治学を専攻。
・ 卒業後、袁世凱の長子の家庭教師として招かれ、のち北洋法政専門学堂の教師。
・ 欧米留学後に教授となり、政治史講座を担当。
・ 民本主義を唱え、「中央公論」に次々論文を発表、一躍論壇の寵児となる。
・ 大日本帝国憲法の枠内で立憲政治の実現を意図し、社会主義者たちからは批判を受ける。
・ 普通選挙制、政党内閣制、貴族院、枢密院改革など内政改革を提唱。
・ シベリア出兵、植民地支配を批判、軍縮を主張する。
・ 黎明会を結成、東大内に新人会を組織して、民主主義擁護の言論・啓蒙活動を行う。
1918/11/23   吉野作造、浪人会と立会討論会 (学生ら、吉野を応援)
1918/12/23   吉野作造ら、黎明会結成
1922/02/13   吉野作造「所謂、帷幄上奏について」連載開始 (東京朝日新聞)
1923/09/01   関東大震災
1924/02/07   吉野作造、朝日新聞社入社 (東京帝大教授辞職)
1931/09/18   柳条湖事件 (満州事変勃発)
1933/03/18   吉野作造
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。