taro の意見
クリック 20世紀
書く人間が楽しいからって、読む人が楽しいとはかぎりませんよね。 でもtaroは書きたいんです。というわけで、ずらずら読むのはかったるいぜという人のために、 文章の最後に結論を書いておきました。結論だけ読んで楽しいとも思えませんが。まあ、一応。そういうことで。
● taro 的平和主義論  (2003.12.01)
学生時代からずっと、なぜ護憲だと平和主義で、改憲だとそうでないということになるのかわからなかった。
ちなみに、護憲という言葉の意味は、戦前と戦後でがらっと変わる。 戦前においては、この言葉は、立憲政治を守ろうぐらいの意味だ。 こちらの方は、非立憲という補助線を一本引いてみれば簡単に理解できる。 非立憲というのは、例えば藩閥とか、元老とか、そういう議会の外にある政治的勢力および彼らがリードする政治のことだ。 護憲運動@が閥族打破なんてことを主張する。シンプルでとてもわかりやすい。 護憲運動Aになると、ちょっとこじつけめいてくる。 取りようによっては、政党人たちが、おれたちの中から首相を選べ、といっているだけのようにも見える。 が、まあ、護憲の意味自体は同じだ。
戦後のそれは、護憲派イコール正義の味方的な言葉のイメージだけは踏襲した。 だが、なぜに憲法を変えないことが正義なのか。護憲派の人たちの話を聞いてもtaroにはちっとも理解できない。 当然、taroの関心は高まる。この人たちは、なぜにこうも自信まんまんなのか。
この点について、最近やっとtaroなりの解釈ができたので、しかも自分としてはけっこう自信ありなので、ちょっとここで紹介してみたい。

軍国主義というのは、とてもあいまいな言葉だとtaroは思っている。 こういうあいまいな言葉は使わないにかぎるのだが、ここであえて使うにあたり、これを勝手に二種類に分ける。 明治式軍国主義と昭和式軍国主義だ。 ざっくり定義をしておくと、明治式の方は、日清、日露両戦争における軍事力中心の考え方、 昭和式は、日中、太平洋両戦争におけるそれだ。
あまりぐちゃぐちゃ細かいことを言うのはtaro的ではないので、二つの軍国主義の違いを単刀直入に言おう。 明治式では、勝てるだろうかと考えた上で軍事力を行使する、 一方、昭和式では、勝てると信じた上で軍事力を行使する。 要するに、明治の方は合理主義的軍国主義と言い換えられ、昭和の方は精神主義的軍国主義と呼ぶことができる。
なーんにも説明しないのもつまらないので、少しだけその根拠。
日露戦争のとき、世論は新聞に踊らされて、あの大国ロシアと戦争になるというのに、めっちゃめちゃな強気だったが、 責任ある立場の人たちは、戦争に非常に消極的だった。 伊藤博文など、そのために弱虫、意気地なしと、さんざんにバッシングされている。 それでも、もうどうしても戦争するしかないとなったとき、彼らは、できるだけ早く、できるだけ上手に戦争を終わらせることを考えた。 そのために、セオドア・ルーズベルト大統領とお友達だった金子堅太郎を、開戦と同時にアメリカに送り込んでいる。
要するに、明治の首脳たちは、金子工作でアメリカに仲介役になってもらうことで、戦争を早く、上手に終わらせようと考え、 それを実現させたわけだが、この点、昭和的軍国主義ではどうだったかと見てみると愕然とする。 昭和の首脳たちは、戦争をはじめるにあたり、その戦争をいかにして終わらせるかをまったくといっていいほど考えなかった。 唯一の戦争終結プランは「対米英蘭戦争終末促進に関する腹案」といって、 対米開戦決定のわずか1ヵ月半前に作成された「腹案」にすぎぬ文章で、 その内容も、おいおいホンマかいなと、思わず目を疑いたくなる代物だ。 簡単に言えば、ドイツは必ずイギリスを降伏させる、すると、アメリカは孤立する、孤立したアメリカは必ずや戦争に嫌気がさす、 だから、それまで頑張っていれば戦争に勝てる、という内容だ。 その一方で、彼らは、生きて虜囚の辱めを受けず、なんてことをやったわけだ。
こういったことを総合して、明治のそれを合理主義的軍国主義、昭和のそれを精神主義的軍国主義とtaroは呼ぶ。 日本の首脳は、日露戦争以降、日中戦争までの間に、合理主義から精神主義に転換してしまったというわけだ。

前段が長くなった。
このように、taroの定義では軍国主義に二種類あるわけだが、 平和主義はどうだろうと考えてみたのだ。すると護憲派のなぞが解けた。 戦後の日本が長く護憲を続けてきた事実をもとにいえば、敗戦によって日本は、軍国主義から平和主義には転換したが、 それでもこの国の人々は精神主義的であることはやめなかったのだ。
彼らは、戦争にはもうホントにうんざりしていたから、マッカーサーがくれた平和憲法を心からありがたがった。 そして、これを信じこれを守れば日本の平和も守られると考えた。 信じるという内面的な行為を自己表現すれば、それは疑わないということになる。 だから彼らは、疑うことを自らに禁じた。するともう、彼らは自信まんまんである。 こうして、護憲という有力な一派が形成され、国自体も護憲を続けてきた、というのがtaroの解釈だ。

憲法改正の対義語としての護憲が日本に平和をもたらす、という考え方がいかに合理的でないかといえば、 憲法自体が国民にとって無価値であれば、憲法の条項など落書き程度の意味しかないのに、 護憲は憲法の価値を高めることも、それを維持することもできない。 折に触れて憲法の内容を真剣に見直すというメンテナンスの作業を50年も100年も怠れば、 憲法は確実に国民から乖離し、その価値は確実にガラクタのそれに近づいていくが、護憲は頑なにメンテナンスを拒否する。 taroに言わせれば、護憲こそが平和主義を含めた日本国憲法の精神を貶めているということになる。 落書きかガラクタかを大切にすることで平和を期待するなら、それはお守りか魔よけにすがっているとみるよりほかあるまい。
taroの憲法解釈によれば、第九条に「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」とある以上、 憲法を遵守するなら、単に平和主義者であるだけではだめで、 日本の平和だけでなく世界の平和を望むというのでもまだだめで、 少なくとも、どうすれば国際平和が実現するかと考えなければならない。 日本が戦争を放棄しただけでは国際平和は実現しないということが明らかになった今日、 それを希望するのでも願望するのでもなく「誠実に希求」するというのなら、 では次には何をすべきかと考えるのが当然ではないだろうか。 taroはそう解釈するし、一生懸命考えていいアイディアが浮かんだあかつきには、 これを第九条に書き加えるのがスジだとも思っている。
つまり、どういうわけだか憲法の文言の一字一句さえ変えたくない、 そればかりか憲法について議論することさえだめだという護憲派の人たちは、 それを主張することで憲法の精神から遠く離れた“誤憲派”になっている、というわけだ。
だいたいだ、自分は憲法を変えたくない、でも、変えたい人もいる、となったら、 じゃあ話し合おう、というのが平和主義の精神じゃないか。 自説を譲らず、しかも、話し合いさえ拒否するなら、最後には戦いしかあるまいとtaroは思うのだが、どうだろう。

以下、しばらくまったくの余談。
日本国憲法は、その前文を読めば明らかなように、日本国民に進歩とその成果を求めていて、 そこがこの憲法のいちばん素敵なところだとtaroは思っている。 ホントかよ、と思う人のために、二ヵ所ばかり引用しておこう。
「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、 名誉ある地位を占めたいと思ふ」
「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」
ほらね。
taroは素敵だと思うけど、おいおい、勝手に誓うなよ、って人もいるかもね。 そう思うキミは、それでもう改憲派だよ。

さらに余談。
taroはドラゴンズファンで、だから落合新監督のやることなすことにドキドキしている。 ボールが打者の横からくることは実戦ではありえないからと、就任早々トスバッティングを廃止してしまった。 現在までのところ、一事が万事この調子だ。 見方によっては、単なる派手めなパフォーマンスとも映る。実際のところ、どうなのだろう。 パフォーマンスないし“オレ流”という名の自分勝手なのか、それとも正真正銘の合理主義なのか。 勝負の世界のことだから、来年の秋にははっきり結論が出る。 ああ、わがドラゴンズよ、優勝してくれと祈るtaroである。 それにしても、合理主義があれだけ多くの現状否定を必要とするなら、 日本のプロ野球界はなんとひどい非合理の世界であることか。 プロ野球ばかりではないのかもしれないと考えたくなるほどだ。 いやいや、答えを出すのはまだ早い。 すべてはドラゴンズの戦いが終わってからだ。 落ちつけ落ちつけと自分に言い聞かせるtaroであった。

taroの結論。
平和主義か軍国主義かなんてことより、合理主義か精神主義かということの方が、よっぽど重大なことなのではなかろうか。
念のため言っておきますが、taroは平和主義者です。
以上、taro的平和主義論でした。おわり。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。