「昭和史発掘(12)」
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書籍: 文庫(270ページ)
発行: 文藝春秋(1978/12/25)
目次: 二・二六事件 六
  特設軍法会議
  秘密審理
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引用近衛は、荒木小畑敏四郎鈴木貞一などの皇道派の軍人、森恪や白鳥敏夫など 親皇道派の政党人や官僚と親しい一方、木戸幸一、岡部長景、有馬頼寧原田熊雄などの若手華族と語らって グループをつくった。 彼らは革新派とか貴族院の新人とかいわれた。 近衛の肚は、軍人が政治の進出しないように、必要な諸改革を行って、その口実を封じようとするにあったといわれている。 新官僚とよばれる中堅層にも接触し、「朝飯会」なる会合を持ってひろく意見を交換した。 【中略】
近衛が早くから未来の宰相と視られていたのは、西園寺の寵児だったからである。 いうまでもなく近衛は五摂家の筆頭、若いときフランス派の自由主義にかぶれて帰国した西園寺も毛ナミ好みでは人後に落ちず、 早くから近衛が意中にあった。 近衛を中心に新党運動が五、六年も前から蠢動していたのは、この間の事情を知る政党人らの先物買からである。
引用広田は福岡出身。頭山満の玄洋社の流れをくむが、それほど右翼的ではない。 はっきりしない性格だから、軍部もロボットにするつもりで賛成したのだ。 外相としての広田は、実務は次官の重光に任せきりだった。
引用最高責任者の一人、参謀総長の閑院宮載仁親王はそのまま居すわり。 秩父宮が退職を直言したが、その職に執着する閑院宮には天皇もこれをクビ切れなかった。
グルー大使の緊急電
引用駐日アメリカ大使ジョセフ・C・グルーは二月二十六日朝十時、 ワシントンの国務長官宛に左の緊急電報を打った。
「今早暁、軍は政府と市の一部を占領し、高官数名を暗殺したと伝えられる。 いまだ何事をも確かめること不可能。新聞特派員は外国に電報することも電話することも許されない。
この電報はわれらの暗号電報が送信さるるや否やを確かめるため、 主として試験のため送るものなり。 暗号室は受信の上は直ちに報告されたし」(J・C・グルー「滞日十年」石川欣一訳)
引用各国駐在武官のあと、参謀本部課長、軍事課長、参本総務部長、 支那駐屯軍司令官と軍令、軍政の経歴者。 思慮あくまで周密、情報の「推移を注視して寸分のすきも見せなかった達人」という評がある。 梅津の冷徹緻密さは伝説化している。
東京陸軍軍法会議設置の緊急勅令
引用三月一日に、二・二六事件に対する陸軍軍法会議を緊急勅令によって設置する案が 閣議(岡田内閣)で決定した。
「四日午前十時ヨリ、枢密院本会議ニ於テ、陛下臨御ノ下ニ、 前項閣議決定ノ軍法会議ニ関スル勅令案ニ付、御諮詢アリ、可決ノ上、議長ヨリ上奏裁可アラセラル。
此軍法会議ハ、東京ニ、東京陸軍軍法会議を設ケ、二・二六事件ニ関スル被告事件ニ付、 管轄権を有セシムルモノニシテ、裁判ハ公開セズ、一審ニテ決定シ、上告シ得ザルモノトス」(本庄日記)
東京陸軍軍法会議
引用次にみる「陸軍次官口演要旨」は、この軍法会議の要領を端的に述べている。
(これは特設軍法会議のために全国より将校を選抜して任命した判士達に対してなされたもの)
「東京陸軍軍法会議ハ今次事件ノ重大ニ鑑ミ軍内外ノ安寧ヲ保持スル為 特ニ三月四日緊急勅令ヲ以テ公布セラレタルモノニシテ左ノ特質ヲ有ス
1、事件全般ニ亙リ其ノ手続ハ最モ迅速ヲ旨トシ公判ハ公開セズ
2、弁護人ヲ附セズ
3、判決ハ即時確定シ上告ヲ許サズ速ニ実行ス
4、本事件ニ関係アル者ニ付テハ常人モ亦公判ニ附シ且全国各地ニ於ケル事件ヲモ併セテ裁判ス
尚軍法会議ハ森厳ナル軍紀ヲ維持スル為特設セラレタルヲ以テ諸官ハ克ク此等特質ヲ明ニシテ 業務ニ従事セラレ度又四囲ノ情勢上成ルベク戒厳令下ニ於テ之ヲ行ヒ度ニ依リ迅速ニ乱麻ヲ絶ツノ概ヲ以テ 事件ヲ処理セラレ度希望ヲ有ス
各班相互ノ連繋ニ付テ
元来事件ノ審判ニ方リテハ被告人全部ヲ一ヵ所ニ於テ統一シテ行フヲ理想トスルモ今回ハ諸種ノ関係上 数班ニ分チテ審理スルノ已ムナキニ至レリ故ニ諸官ハ右趣旨ヲ体シ各班相互ノ連繋ニ付テハ十分意ヲ用ヒ互ニ協力一致シテ 業務ニ従事セラレンコトヲ望ム」
これで裁判の特質は十分に出ている。 すなわち、@非公開。A弁護人ナシ。B即時確定、上告ナシ。C常人(民間人)を含む。D分離審理。 E戒厳令下に結審。となる。
真崎大将召喚
引用いよいよ真崎の召喚である。
「二十一日(四月)午後、真崎大将を召喚。統帥権問題、相沢公判、国家革新運動に関する意見を聞きたる後、 今回の事件に対する認識を求め、尚、事件に関係し将軍の行動中不審なる点を明かにする外、 事前に青年将校が亀川を通じて真崎大将に通知せし事項を追及せんとす。
勅裁を経ざれば答弁し得ずとの場合を苦慮しあり」
東京陸軍軍法会議は、その前段となる東京憲兵隊の手による取調べに踏切った。 いかに軍部内外の衝撃を考慮しようと、疑惑の一大中心人物を拉致しない限り、 事件の真実を究めることはできない。 また、世間もこのままでは納得しない。 真崎にも今日ある覚悟はできていたであろう。
【中略】
真崎を取調べたのは東京憲兵隊特高課福本亀治少佐で、そのあとを増援憲兵将校の大谷敬二郎大尉(千葉憲兵分隊長)が 補足訊問をした。
福本は次のように書いている。
「私は陸軍省の命令を受けると意を決して大将待命後の或日、背広の私服で同大将邸を訪れた。
『世間の人々は閣下を恰も事件背後の関係者であるかの様に噂して居ります。 また中には閣下が背後で青年将校達を操って蹶起させた。 西郷隆盛は鹿児島の青年党に押されて立ち上ったが真崎大将は情勢が非なりと見るや、 青年将校を見殺して逃げた卑怯者だとすら云う者もあります。
此際事件閣下との関係を明にし、世間の噂を一掃する上からも是非憲兵隊に御足労を願って 総てを明瞭にして戴きたいのであります』
だが大将は病気を理由にして容易に同行をウンと承知してくれない。 然し私も職務上夢中だったし、大将の名誉のためにもまたあの青年将校のためにも意見を主張した。 こうして漸く大将の同行の承諾を得た私は、大将に附添い憲兵隊の二階の一室に急造した寝室に大将を案内した」
そして福本が真相を聞かせてくれと云うと、
大将はキッ! と口を結んでしばらく黙していたが、やがて次第に昂奮の色を現わし頬を紅潮させ 遂には怒気を含んで口を切った。
『答える必要はない。自分と此の度の事件とは全然関係ない。 青年将校等が勝手に思い違いをして蹶起したのだ』(「秘録二・二六事件真相史」)
大谷敬二郎の文章はもっと手きびしい。 その「二・二六事件の謎」の中から大谷・真崎問答の要点を抜いてみる。
―青年将校の険悪な空気をあなたはよく知っていたと思うが。
《ワシは青年将校がいきり立っていたことは知っていた。 しかし、それは相沢公判を通じてのことで、この公判さえうまく進むならば、彼等は事を起すことは、決してないと信じていた》
―あなたは、青年将校が血を見ることがあるというのに同意しているではないか。
《彼等がそう言ったかもしらんが、ワシがこれに同意したことはない》
―血を見るというのは、誰の手によって誰が血を流すのか。
―答えない》
―二十六日朝、あなたは陸相官邸に着いたとき、 走り寄った磯部が“閣下、統帥権干犯の賊を討ちました、情況はご存知ですか”と勢い込んで言ったのに、 あなたは“とうとうやったか、お前達の心はよおッわかっとる”と答えたと磯部は言っているが、どういう意味か。
《オレはそんなことは言わん。誰がどんなことを言っているか知らんが、そんなことは覚えておらん》
磯部が陳述している。
磯部がどのようにいったか知らんが、覚えていないものはいないのだ》
―あなたは陸相官邸を出るとき、“お前達の精神はわかっとる。 オレはこれからその善後処置にとりかかる”と彼らにいったそうだが、どうしようと考えていたのか。
《そういったことは言ったかもしれないが彼等を助けるということでなしに、 私の立場で事態収拾にのり出そうとしたのだ》
―あなたは軍の責任者だったのか。
《ワシは軍の責任者ではないが、一軍事参議官としてできることをしようとしたのだ》
―陸軍大臣の意志も決まっていないのに、 一軍事参議官が表面立って事を運ぶのは、大臣の権限を掣肘するものではないか。
《理くつをいえば、まさにその通りだが、ワシはワシとして働くことが正しいと信じた》
―あなたが宮中に入って最初に行ったのは何処か。
《侍従武官長室に入った》
―そこには誰がいたか。
《川島がいたと思う》
―あなたは、本庄、川島を前にしてどんなことをいったか。
《何も話はせん》
―あなたはそのとき“彼らの志をいかして大詔の渙発を仰いで御維新に進むより外はない” といったのではないか。
《デマだ! 誰がワシがそんなことを言ったというのだ!》
―宮中で軍事参議官が説得案を作ったが、だれの発案か。
《だれといったことはない。軍事参議官が期せずして大臣を助けようということになって説得することになったのだ》
―文案は誰か。
山下だ。荒木が何か言ってつくらせていたが、ワシはこれについて一言もいわなかった》
・・・・・・このように否認されたのではどうにもならない、しかし真崎がいらく否認しても多くの第三者の証言がある。 その一つ一つ訊問をつづけて調書をとったが、もう一度調べようとしたとき、真崎は軍医学校に入院した。 調べは入院中の病室でもつづけられたと、大谷は書く。
「このようにして得た結論は、彼の犯罪容疑十分ということであった。 彼が入院中なので書類のみ事件送致した。罪名は叛乱の教唆と幇助とした。 私としては十分の確信をもった」
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