【日露戦争史 関連年表】
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日露戦争を、日本の側からだけ見た一方的なものにしたくなかったので、
この歴史の起点を大津事件とした。
終点を満鉄設立としたが、この歴史が、韓国併合史と重なるものであること、
また、太平洋戦争、敗戦、占領と続く日米関係史の大きな曲がり角の一つであることはもちろんである。
1891/05/11   大津事件
1894/08/01   清国に宣戦布告 (日清戦争勃発)
1895/04/14   下関条約調印 (日清戦争終結)
1895/04/23   三国干渉 (独・仏・露3国公使、遼東半島の清国への返還を勧告)
1898/03/27   ロシア、旅順・大連を租借、南満州鉄道敷設権を獲得
1900/06/20   義和団、北京各国公使館を包囲 (〜08/14)
1900/06/21   清国、日本など8ヵ国に宣戦布告 (義和団事件)
1901/09/07   義和団事件最終議定書調印
1901/10/16   日英同盟交渉開始
1901/12/02   伊藤博文、日露協商交渉開始
1901/12/23   伊藤博文、露外相に交渉打切りを通告
1902/01/30   日英同盟@調印
1902/04/08   満州還付条約調印 (露・清)

1903/04/08   ロシア、満州撤兵A不履行
1903/04/18   ロシア、満州撤兵のための7項目を清国に要求 (04/27 清国拒否)
1903/04/21   無隣庵会議 (山県伊藤小村/京都)
1903/06/12   ロシア、クロパトキン陸相来日
1903/06/13   ロシア、鴨緑江木材会社を設立
1903/08/09   対露同志会結成 (頭山満ら)
1903/08/12   栗野駐露公使、ロシア外相に日露協定案を提出
1903/08/12   ロシア、旅順に極東総督府を設置
1903/08/29   ロシアの蔵相ウィッテ失脚 (主戦派の政治的勝利)
1903/10/03   ローゼン駐日公使、小村外相に日露協定対案を提出
1903/10/06   日露交渉(小村・ローゼン交渉)開始
1903/10/12   幸徳秋水・堺利彦・内村鑑三、万朝社退社
1903/11/15   週間「平民新聞」創刊 (幸徳秋水堺利彦ら/唯一の反戦派新聞)
1903/12/28   連合艦隊編成 (司令長官:東郷平八郎
1903/12/30   参謀本部・軍令部首脳会議、陸海軍共同作戦計画を決定
1903/12/30   閣議、対清・対韓政策を決定
1903/12/31   小村外相、林駐英公使に対英財政援助要請を訓令 (04/01/02 拒否)

1904/01/23   韓国、日露開戦の場合の中立を声明
1904/02/04   御前会議、対露開戦を決定
1904/02/06   連合艦隊、佐世保出航
1904/02/06   栗野駐露公使、ロシアに国交断絶を通告
1904/02/08   陸軍先遣隊、仁川上陸開始
1904/02/08   連合艦隊の駆逐艦隊、旅順口のロシア艦隊を夜襲攻撃
1904/02/09   仁川沖海戦
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
1904/02/10   明石大佐、公使館員とともにペテルブルク退去 (明石工作開始)
1904/02/11   大本営設置
1904/02/12   清国、日露戦争に対する中立を宣言
1904/02/14   長崎・佐世保・対馬・函館に戒厳令施行
1904/02/17   閣議、外債募集方針を決定
1904/02/23   日韓議定書調印
1904/02/24   旅順口閉塞作戦@
1904/02/24   金子特使渡米
1904/02/24   高橋日銀副総裁渡米
1904/03/14   第一軍主力、鎮南浦に上陸
1904/03/27   旅順口閉塞作戦A
1904/03/29   海軍省、旅順口閉塞作戦Aを詳報 (広瀬中佐の美談)
1904/04/01   煙草専売法公布
1904/04/13   ロシア太平洋艦隊マカロフ司令官戦死
1904/04/25   ウラジオ艦隊、元山沖で陸軍輸送船「金州丸」を撃沈
1904/04/26   第一軍、鴨緑江渡河作戦開始
1904/05/01   第一軍、鴨緑江を渡河、九連城占領
1904/05/01   日露戦争実写映画上映 (神田錦輝館/吉沢商店製作)
1904/05/03   旅順口閉塞作戦B
1904/05/05   第二軍、遼東半島に上陸開始
1904/05/08   大祝捷提灯行列 (死者20名/東京)
1904/05/10   ロンドン・ニューヨークで外債募集@
1904/05/15   巡洋艦「春日」、「吉野」に衝突、「吉野」沈没
1904/05/15   戦艦「初瀬」「八島」、旅順沖で触雷、沈没
1904/05/19   独立第10師団(のちの第四軍)、大狐山に上陸
1904/05/25   第二軍、南山攻撃開始 (05/26 占領)
1904/05/30   第二軍、大連占領
1904/05/31   大本営、旅順攻略のため、第三軍の編成を決定 (司令官:乃木希典
1904/06/06   第三軍乃木司令官、遼東半島に上陸
1904/06/15   ウラジオ艦隊、対馬海峡で常陸丸・和泉丸を撃沈
1904/06/20   満州軍総司令部設置 (総司令官:大山巌/総参謀長:児玉源太郎
1904/07/01   専売タバコ発売 (敷島・大和・朝日・スター・チェリー)
1904/07/12   軍令部長ら、参謀総長に旅順攻略促進を要請
1904/07/28   ロシアのプレーヴェ内相暗殺
1904/08/10   黄海海戦
1904/08/14   蔚山沖海戦
1904/08/14   片山潜、第2インター出席 (アムステルダム)
1904/08/19   旅順総攻撃@開始 (第三軍司令官:乃木希典/〜08/24)
1904/08/22   日韓協約@調印
1904/08/24   ロシア、バルチック艦隊の太平洋派遣を決定
1904/08/28   遼陽会戦 (〜09/04)
1904/09/02   東京市街鉄道、祝捷イルミネーション電車を運転
1904/09/04   日本軍、遼陽占領
1904/09/04   陸軍省、遼陽会戦を詳報 (橘中佐の奮戦)
1904/10/09   沙河会戦 (〜10/17)
1904/10/15   バルチック艦隊、リバウ軍港を出航 (司令長官:ロジェストウェンスキー
1904/10/17   沙河会戦終結
1904/10/21   ドッガー・バンク事件 (〜10/22/英・露)
1904/10/26   旅順総攻撃A開始 (〜10/31)
1904/10/27   独露同盟交渉開始 (11/23 決裂)
1904/11/08   T・ルーズベルト(米大統領)再選
1904/11/10   ロンドン・ニューヨークで外債募集A
1904/11/26   旅順総攻撃B開始
1904/11/30   第三軍、二〇三高地を一時占拠
1904/12/01   児玉総参謀長、第三軍司令部に到着
1904/12/05   第三軍、二〇三高地占領
1904/12/29   バルチック艦隊本隊、マダガスカル到着

1905/01/02   旅順陥落
1905/01/02   陸軍省、旅順開城を発表 (二〇三高地の激戦など)
1905/01/05   水師営の会見
1905/01/12   鴨緑江軍編成 (司令官:川村景明)
1905/01/22   血の日曜日事件
1905/01/25   黒溝台会戦 (〜01/29)
1905/01/28   クロパトキン(露)総司令官、作戦中止・退却を命令
1905/01/29   「平民新聞」廃刊
1905/02/22   鴨緑江軍、前進開始 (奉天攻略作戦)
1905/03/01   奉天会戦 (〜03/10)
1905/03/09   クロパトキン(露)総司令官、全軍に退却命令
1905/03/10   日本軍、奉天占領
1905/03/16   バルチック艦隊、マダガスカルを出航
1905/04/08   バルチック艦隊、シンガポール沖を通過
1905/04/21   対露講和条件を閣議決定
1905/05/27   日本海海戦 (〜05/28/連合艦隊司令長官:東郷平八郎
1905/05/29   海軍省、日本海海戦を詳報
1905/06/01   高平駐米公使、T・ルーズベルト(米)大統領に講和斡旋を要望
1905/06/09   T・ルーズベルト(米)大統領、日露両国に公式に講和を勧告
1905/06/27   戦艦「ポチョムキン」の反乱
1905/07/03   小村寿太郎、高平小五郎を日露講和会議全権に任命
1905/07/07   第13師団、南樺太上陸 (07/31 樺太占領)
1905/07/19   講和問題同志連合結成 (対露同志会など)
1905/07/21   山県参謀総長、満州軍を視察
1905/07/29   桂・タフト協定
1905/08/10   日露講和会議開催 (アメリカ・ポーツマス/首席全権:小村寿太郎
1905/08/12   日英同盟A調印
1905/08/14   桂・原会談
1905/08/14   大阪朝日新聞、賠償金要求の不調を号外で報道
1905/08/17   講和問題同志連合大会、講和条件譲歩反対を決議 (東京・明治座)
1905/08/22   T・ルーズベルト(米)大統領、金子特使に金銭的要求の放棄を勧告
1905/08/28   御前会議、日露講和成立方針を決定
1905/09/05   ポーツマス条約調印 (首席全権:小村寿太郎日露戦争終結)
1905/09/05   講和反対国民大会開催 (東京・日比谷)
1905/09/05   日比谷焼き打ち事件 (〜09/06)
1905/09/06   東京に戒厳令
1905/09/11   戦艦「三笠」、火災により沈没 (佐世保)
1905/10/12   桂・ハリマン覚書 (10/23 取消)
1905/10/23   海軍凱旋式 (東京湾)
1905/10/28   ロシア領ポーランドでゼネスト、戒厳令施行
1905/10/30   ロシア皇帝ニコライ2世、議会召集を宣言
1905/10/31   ロシア皇帝ニコライ2世、ウィッテを首相に任命
1905/11/17   日韓協約A調印
1905/12/20   韓国統監府設置 (12/21 伊藤博文を韓国統監に任命)
1905/12/21   桂内閣@総辞職
1905/12/28   明石大佐帰国

1906/01/07   西園寺内閣@成立 (首相:西園寺公望
1906/03/03   加藤外相辞任 (鉄道国有化に反対して)
1906/07/13   南満州鉄道株式会社設立委員会設置 (委員長:児玉源太郎
1906/07/23   児玉源太郎
1906/08/01   関東都督府設置
1906/09/10   満鉄、株式募集開始 (応募1078倍)
1906/11/26   南満州鉄道株式会社(満鉄)設立 (総裁:後藤新平
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。